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はじめての方に

〜当院のご案内〜

来院の注意点 治療の方針 治療の進め方 使用する鍼と灸
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治療の進め方

総合型と分離型
自分との向き合い方により治療の進め方を選択できるよう、①総合型と②分離型を設けています。
両者の最大の違いは、鍼灸治療のもう一つの重要な要素である相談と雑談の有無です。相談と雑談は、平たく言えば傾聴と対話です。何でもないことと思われる方もおられるでしょう。しかし、鍼灸を選ぶ人の多くが、話をちゃんと聞いてもらいたい、しっかり目を見て話したいと無意識的に感じていることも事実です。それは、その人たちが、単に不調がなくなれば済む話ではなく、不調に至る経緯やその経過が日々の生活のあらゆることに由来している、ということを身に染みてわかっていているからでしょう。私どもは、あらゆる話にきちんと耳を傾け整理することで、病状の把握のみならずその人の理解に務め、自分自身と向き合う手伝いをしていきます。また、病状の好転にとどまらず、その人が少しでもよりよい生活を送れるよう、時にちょっとした助言もします。
では、その重要な相談と雑談の無い分離型を設置した目的は何か。第一の目的は、日頃からより多く治療を重ねられるようにすることにあります。週に1回という治療の間隔は、様々な不調の改善に要する最低限の期間であるため、週に2~3回することがのぞましいからです。第二は、一時的に連続した治療を要する風邪やインフルエンザ、ぎっくり腰などの急病の時にも有効な選択肢としていただくためです。そのため、相談と雑談は除くことになります。
なお、両者の時間や料金などの違いは、受付に比較表を用意しておりますので、ご確認ください。

本治法と標治法
本治法とは、全身的な治療(諸々の症状を起こしている根本の治療)を目的とするもので、鍼灸の本質的な治療となります。そのため、諸症状(の根本)が改善していくと同時に、いつもなら寝込むのに大丈夫だとか、風邪をひきにくくなるといった病気の予防(健康管理)や、肌つやがよくなるといった美容(ニキビ・わきが・多汗症なども対応可)などの効用もあります。そして、日々、そのように体調を整えていくことがもっとも理想的と言えます(当然ながら、私たちは毎日、体調によっては日に数回、お互いに治療しています)。
標治法とは、言わば対症治療のことで、本治法を補うために必要に応じて行います。したがって、補助的な治療となります。
総合型と分離型の治療の手順
①総合型
診察と治療とに分ければ、診察は、①主訴のほか、飲食・大小便・睡眠・その他の症状を聞く問診と、②直接的に体の状態を判断する脈診の二つ、治療は、本治法(③手足の重要な穴を用いた鍼による施術(治療の9割)と④腹部(前面)と肩背・腰部(背面)の穴を用いた鍼と灸による施術)と標治法の二つで構成され、おおむねこの順に行います。
実際の手順は次の通り。
1)座った状態で①問診
2)仰向けで②脈診と③手足への施鍼、④腹部への施灸
3)座位にて④肩背部への施鍼と施灸
4)うつ伏せにて④腰背部への施鍼と施灸(妊婦の場合は横向きか座位)
5)仰向けで②脈診し治療効果の判定
6)座って診断や治療方針、生活などに関するお話し
※標治法は、必要が認められた場合に2~4の間で適宜行います。

②分離型
(基本型は総合型の1と6を省略)
2)仰向けで①簡単な問診と②脈診、③手足への施鍼、④腹部への施灸
3)座位にて④肩背部への施鍼と施灸
4)うつ伏せにて④腰背部への施鍼と施灸(妊婦の場合は横向きか座位)
5)仰向けで②脈診し治療効果の判定
治療の時間
大人は総合型で10~30分、分離型で5~10分、小人(小学生以下)5~15分です。
時間に幅がありますが、病状が深まるにつれ治療の量、時間ともに少なくなります。というのも、消耗の度合いが増すにつれ、良くも悪くも少しの変化でもその体にとっては大きな変化となるからです。それらは、その都度の状態判断(診察)にもとづいて勘案していきますので、日によって加減があるものとお考え下さい。
治療の概要
「医学のことは医師が、鍼灸のことは鍼灸師がするべきであるという考えから、1930年代以降に創始された日本の古典的鍼灸(井上系経絡治療)により、諸症状のおおもとを五蔵経絡の変調として診察治療することで、根本的な解決をはかっていきます。具体的には、中国医学の伝統的かつ最も重要な診察法である脈診を軸に、手足の要穴(重要なツボ)を主な治療の場として、五蔵の変調を調える全身的な治療をしていきます。また、ごく浅く接触することを中心とした、撚鍼という気を調えるための最も合理的な古来からの刺法を行います(ですから、肩が痛ければそこの筋肉や神経の問題として捉え、鍼を刺して電気を流すというような整形外科的な治療は一切いたしません)。私たちは、そうすることではじめて、痛みやこりの一時的な鎮痛ではなく、精神疲労に由来する諸症状に対応していくことができるのです。」ということは、「当院について」や「当院の治療方針」の中で述べました。
治療の前提
問題とすべき諸症状の土台(おおもと)である五蔵の変調(不調和=蔵気の消耗・衰退)は、長年の生活によって築かれてきたものですから、継続的な治療を通して少しずつ五蔵の調和をはかっていく必要があります。言うまでもなく、〈長いものはそれだけ長く〉〈短いものはそれだけ短く〉ということになります。 人は、まさにこの画面を見ている最中にも、自然の変化(四季の移ろい)に応じつつ、絶えず五蔵は変化しつつ衰退しています。ですから、自然のみならず、自然に影響され続ける五蔵に支配されている私たちは、本質的には五蔵を補養することで病気を治療し、かつその年齢にふさわしい健康を保っていくしかすべはないのです。
治療の目的
そもそも、中国医学では寿命の限度を120歳と考えているようですが、実際にはその前に生をまっとうします。たとえて言えば、私たちはこの世に生まれたと同時に死という終着駅にひたすら向かう列車に乗っているようなもので、それぞれの寿命というものは、[どこに行くにせよ]どれほど遠くまで走れたかということになるわけです。列車の停止した時が死ではあるものの、その過程の違いにより時々のシーンも違えば行き着く先も異なります。走り出したと同時に数え切れないほどの分岐点を通過していかなければなりませんし、走り続けるうちにあるいはブレーキが故障したり、あるいはアクセルがもどらなくなったり、あるいはエンジンに異常をきたしたり、あるいは動力源が供給されなかったり、あるいは線路に問題があったりと、途中から何らかの理由によって知らず知らずのうちにその運行が乱れ、時に失速し、時に暴走列車となり、果ては予期せぬ脱線もありますが、とにかく何かの形で、どこかの時点で停止するわけです。今どのあたりを走り、またその速度はどれほどなのかということを知り、どれだけ制御できるかが、今後を握る鍵となります。いったん暴走してしまった列車は、なかなか止まりませんし、走り過ぎた地点にはもう後戻りはできませんので、その点も留意しなくてはなりません。  ただし、どう走ろうが自由ですが、思うように走[れる状態を長く維持す]ることこそが、いわゆる健康な状態と考えるべきではないでしょうか。昨今、見聞きする健康のイメージは、人生の豊かさではなく、ただ肉体の健康に気を取られるのみで、不健全と言うよりほかはありません。症状の改善はもちろんですが、これを契機に長い目でご自身の健康や人生について考えられてはいかがでしょうか。よい状態の維持こそが、最も重要なのですから。

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