北鎌倉②

円覚寺側に降りて、すぐにまた梅があった。

円覚寺前の踏切をわたってすぐの、池のほとりにも梅があった。

10代の時には、花になんの感動もなく、目にとまることはかったけれども、30前後から、おのずと目がいくようになった。

鎌倉に向かう道々、こんなにあったのかと思うくらい、梅の木の多さに、実に驚かされる。

カメラを持っているから、だけではない。感傷的になったのでもない。

残酷さ、若さの象徴、これがいくぶんやわらいだから。弱さ、老いの真実、これが少しわかってきたから。

ただ見聞を以て知ったのでなく、確かにこの身を以て感ずるのである。

けれども、それを受け入れたわけではない。それどころか、おおいに抵抗している。

なにしろ、まだ、若いのだ。

忍耐、我慢、辛抱、諦め、断念、そして未練、心残り、ああ、葛藤は深まるばかり。

老い、もまた、残酷。

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