コロナ後遺症
嗅覚障害による食欲不振と
極度の不安感
女性86歳 栄区 知人の紹介
初診日2025/09/03 2025/10/27掲載
コロナのために、この歳まで縁のなかった食欲不振と鍼灸を一度に経験することになりました。
7月末に38,6度の発熱があり、病院にてコロナ陽性の判定でした。3日ほどで解熱しましたが、倦怠感と食欲不振で体重が4キロほど落ちてしまいました。1週間がすぎた頃には倦怠感はなくなりましたが、食欲だけが戻りませんでした。なぜなら、臭いがわからなくなっていたからです(特に大便やゴミ、ガスなど)。何かを口にしても、味はわかるものの、ちっともおいしくないのです。それでも痩せてしまうからと必死に食べようとするのですが、好物であっても少し口にしたらもう食べられなくなります。これまでこんなにも長く食べたくない食べられないということを経験したことがない私には、受け入れられるような状態ではまったくなく、このまま死んでしまうのではないかという極度の不安感に見舞われ、食べられなくてもなんとか食べなければならないという義務感や強迫観念、そして、食事を目の前にする恐怖感のために、一日一日がとてもつらくなりました。この窮状を病院で訴えても、血液検査などで問題が見つからないから様子を見るよう言われ、途方に暮れていました。どうにもならない日々が続き、1ヶ月が過ぎてもまったくよくなる気配はなく、夜は不安と恐怖で寝られず、テレビすら見ることも嫌になるほどふさぎ込んでしまいました。
9月に入り、急に転機が訪れました。この苦しさを友人に話す機会があり、そこで吉岡先生を紹介されたのです。彼女も2年ほど前に同じように臭いがわからなくなり大変だったことをはじめて知ったことにも驚きましたが、それが鍼灸で2ヶ月半ほどでよくなったと言うのです。自分では打つ手がわからないので、すすめにしたがってすぐにお願いすることにしました。
吉岡先生は、今のこと、今までの経過を細かく聞きいてくださり、食欲不振のほかに、常に口の中が乾き苦くて酸っぱく、鼻づまりや耳が塞がる感じと音の反響があることも伝えられました。治療後の変化を確認して、「五官器の症状は基本的に重いので時間はかかりますが、これならば3ヶ月みれば治っているでしょう。長くても半年あれば十分です」とのことでした。治療は、最初の2週間は週に3回、その後は2回、1ヶ月以降は1回を予定し、様子を見つつ加減していくことになりました。
それから、私が気に病む食欲にまつわる不調については、食欲不振には意味があり、食べられる状態にないという「体の声」であって、無理して食べることが弱っている体にさらに鞭打つことになると教えていただきました。多くの人が持つ「栄養をつけなければ元気にならない」*という考えは思い込みで、こういうつらい時ほどいつの間にか得た雑多な知識に頼るのではなく、自分の「体の声」をしっかり聞いて、それにしたがうのが一番とのことでした。にわかには理解できませんでしたが、「無理をして食べなくてよい」こと、そのために「痩せてもそう簡単に人は死なない」こと、「元気になれば自然と(嫌でも)食欲も体重も戻る」から、そうなるようにこれから治療していくのだから「安心」するようにと、懇々と諭されました。また、治療ごとに細かな変化の確認はしてくださるとのことでしたが、「安心」は自分が自分で納得してはじめて感じるものだから、そのために日々の症状を「記録」しておくようにも言われました。「記録」の効用は、治療の途中から如実に現れることになりました。
初回の夜は、少し「安心」もしたのでしょう、ひさびさにぐっすり寝られました。が、翌朝はやはりいつもと同じ。「不安」は舞い戻ってきます。2回目、「治るんでしょうか」と「不安」と「窮状」を訴える私に、嫌な顔ひとつせず、初回と同じ話をしてくださり、「気持ちはよくわかりますが、心配ご無用、まったく大丈夫です」とおっしゃいました。それでもまた同じように「不安」の嵐に見舞われるということが3回目までは派手に続きました。ただ、その最中にあっても鼻づまりや耳の具合が少しずつ抜けていったり、ゴミの臭いがかすかに感じられたり、食事も口の苦味が減り、醤油やお米など臭いがわかるものがでてきて、おいしいと感じられる瞬間があったことも確かです。吉岡先生がひとつひとつ確認してくださらなければ、さほど気にもせず、ただただ「不安」しかなかったかもしれません。「不安」もさることながら、「よい方へ向かう小さな変化にこそしっかり注目することが大切」であり、そうした変化の積み重ねが「治る」ことだと、ここでも諭されました。「この一週間、わずか3回の治療でこんなにも変化が見られるのですから、こちらが見込んでいたよりもはるかに順調ですよ」と背中を押されても、それでもまだ「不安」や「恐怖」が勝っていました。食べられる量がまだまだ少なかったものですから。
しかし、2週目が終わる頃には、ガスの臭いはわかるようになり、ゴミも半分ほど、大便はごくわずかに感じられる日がありました。食べ物も、コーヒーやチーズ、ハムのような洋物のはっきりしたものは臭いがはっきりしておいしくいただけるようになりました。鼻と耳はしっかり通り、音の反響が少しある程度にまで改善し、口の苦味は消え酸味も半減したせいか、食事の義務感もなくなり、少し食べたいと思い、半分ほどおいしく食べられることが増えていました。自分でも日々の「記録」を読み返す余裕が出てきて、自分の「小さな変化」への「気づき」と「客観的な評価」ができるようになり、いつのまにか「不安」や「恐怖」は消えていました。
3週目が終わる頃には、「記録」の効用もはっきり出てきていました。ガスとゴミの臭いは完全にわかりますし、大便も半分ほどはわかっているように感じます。口の酸味はなくなり、サラサラとしていました。そうサラサラとです。口の中が乾いているだけでなく、粘っていたことにようやく気がついたのでした。その変化のために自然と食事もしやすくなっていることもわかりました。次第に食べてみたいと思うものも増えてきました。いつもの量はまだ食べることはできませんが、「治ってきている」と思えるようになっていました。
4週目が終わる頃には、臭いも食欲も戻ったと思えるほどになっていました。残るは、食事の量です。途中からおいしく感じなくなるために、そこで食事を終えることになります。ただ、途中からおいしさが感じられなくなるのも「体の声」、ここまできたのだからあともう一歩と、前向きに捉えられるようになっていました。
5週目からは週1回ですが、回復状況から見て先生の見立てよりもかなり早いことから問題ないとのことでしたし、私もそう思えました。単純な比較はできないものの、友人は2ヶ月半でしたから、その点から見ても、確かに早いのでしょう。そして、いよいよその時が来ました。治療の前日にはしっかり食べられるではありませんか。当日の朝も昼も、心配をよそにおいしいまま完食。臭いも味も問題なし。
念のため6週目も確認のために1回診ていただきましたが、快調そのものでした。思い返せば、一時はどうなるかと絶望的になっていたことがうそのようです。友人との治るまでの期間の違いは、個人差もさることながら、発症してから鍼灸治療をはじめるまでの時間だそうです。彼女は半年以上を過ぎてからで、鍼灸にたどり着くまでにかなり苦労したそうです。「治るべきものであれば、早く治療をはじめればそれだけ早くよくなる」とのこと。確かにそうでしょう。しかし、日常の中で鍼灸と交差することなどそうあることではないと思います。少なくとも私はそうでした。ましてコロナの後遺症に鍼灸となるのは難しいのではないでしょうか。私は彼女のおかげで発症から1ヶ月ほどで治療をはじめることができてつくづく幸運でした。なので、私のように困っている方のために、こうして筆をとらせてきただきました。身近に困っている人がいては困りますが、その時は吉岡先生を紹介したいと思います。
友人と吉岡先生には感謝ですね。
ありがとうございました。
*吉岡補記:「栄養をつけなければ元気にならない」のではなく、「次第に回復して元気になる過程で、食べられるようになったら少しずつ食事を戻していく」ことが肝要です。ですから、まずは「食べられるようになる」「起きられるようになる」「動けるようになる」まで「休む」ことが回復のために最も必要なことになります。食べられない時に無理に食べることは、乳幼児に離乳食を通り越していきなり普通の食事を与えるようなものです。結果は、吐くか下すか、あるいはぐずったりぐったりするか、とにかく具合が悪くなることは目に見えています。54「食後の腹痛と下痢(夏バテ)」や55「男性5歳 数日続いた微熱からの高熱(夏バテ)」でも書いたように、まだ弱っている回復の途中にあっては、たとえ食欲が出てきても口当たりがよく、好まれやすい「冷飲食(刺身や生野菜、冷たい飲み物など)」は避けなければなりません。「お粥」からでなくとも、煮炊きされたものからはじめましょう。ごはんと味噌汁が基本です。肉もできれば避けたいところですが、どうしてもということであれば、しっかり火が通ったもので、油炒めではなく、焼いたものにしてください。