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今月の言葉
 「相守数年、以争一日之勝」 『孫子』用間篇より

「相い守ること数年にして、以て一日の勝を争う」

戦とは、長年にわたって敵と対峙した果てに、一日の決戦を争うものである。
治療もまた、長年にわたって自己の身体〔の状態*1〕と向き合った果てに、成否を決するものである。

計篇冒頭に「兵者国之大事、死生之地、存亡之道、不可不察也(兵とは国の大事、死生の地、存亡の道、察せざるべからず)」とあるように、戦は国の存亡に関わる大事である。
人においては、治療ということになるが、長い目で見れば、人生(生活)そのものと言うことができる。ふさわしい死、というものがあるのかわからないが、できれば大病無く、老衰でおいとましたい、と思うのが心情だろう。だから、病の治癒もさることながら、いまわの際まで元気に過ごせること、それを人における勝ちと考えたらよいのだろう。

そのためには何をするべきか。
故明君賢将、所以動而勝人、成功出於衆者、先知也(故に明君賢将、動きて人に勝ち、成功の衆に出ずる所以の者は、先知なり)」と言い、また謀攻篇の最後で「知彼知己者、百戦不殆(彼を知りて己を知る者は、百戦して殆うからず)」*2と締めくくられるように、行動を起こして勝ち、それも人なみ以上の成功を収めるには、なによりもまず敵情を知〔り、また己を知り、そうして敵に負けない形勢を作って開戦す〕る必要があるのだから、賢明なる君主・将軍は、「先知」を必ず実行するのである。
だから、「而愛爵禄百金、不知敵之情者、不仁之至也、…非勝之主也(而るに爵禄百金を愛(おし)み、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり、…勝の主に非ず)」と言うように、もし経費を惜しみ、敵情を知ることを怠るのなら、それは不仁の極みであり、もはや勝の主ではない、とまで批判されるのである。

要するに、勝つためには相応の国費を投じて*3、敵情を常に把握しておく必要がある(そもそも敵情を知らなければ、何もできない)。
身体の状態を把握しておくためには、ある程度の経費が必要となるのは言うまでもない。

では何によって敵情を把握するか。
先知者、不可取於鬼神、不可象於事、不可験於度、必取於人、知敵之情者也(先知とは、鬼神に取るべからず、事に象るべからず、度に験ずべからず、必ず人に取りて、敵の情を知る者なり)*4」と言うように、敵情は、鬼神(占いや祈祷、あるいは祟りや人知を越えた何か)*5でもなく、事類(事象に比するもの)でもなく、天地自然の理でもなく、まったく敵(人)のことであるが故に、必ず間者(人)を使って敵情を探らねばならない。
身体の状態も同様に、鬼神でもなく、事類(他人の状態と比するもの*6)でもなく、天地自然の理でもなく、ひとりその人のことである。だから、ほかでもない、身体の状態を診る専門の治療者が、その任にあたることになる。

ふさわしい死を望むことが、賢明、かどうかはわからないが、身体の状態に向き合い続けることは、あながち無駄ではないだろう。それには、相応の予算を以て、間者たる治療者を雇い入れること、「先知」が肝要なのである*7

孫子曰く「不可不察也」と。

*1:中国医学では、病を、すべて身体内部(五蔵や経脈)の陰陽五行的関係の不調和として捉える。それは、身体全体の問題として診るということで、病変部だけの問題として処理(手術で取り除いたり、薬で抑えたり、またウイルスや細菌などを除去)すれば済むと、考えないということでもある。実は、生きていることを、虚(五蔵の消耗=蔵虚、陰虚)といい、それ自体を病として見なすのである。だから、不摂生しても、摂生しても、たとえ治療しても、つまり何をしても、程度の差こそあれ、虚していくことには変わりない。私たちは、時間とともに進む虚からは決して逃れられないのである。
近ごろ、一般に知られてきている「未病」という状態は、警告のようなもので、それ以上の意味はない。これに類する「平」という状態も、同様である。中国では、すべてのもの(万物)は常に変化し、流動していると見なす以上、もっと言えば、陰陽の偏向、五行関係の不均衡〔という関係の偏り〕を見る以上、変化のない均衡の取れた「平」や虚の進まぬ「未病」は、成立し得ない(変化しないものは、ないに同じ)。
これらは、身体における陰陽や五行の関係が、常に崩れ、また崩れていく、という認識と、その不均衡を緩和し続けることが、生きるうえで、また治療するうえで重要な意味を持つという認識の、その対極として作られた理想像と見ることができる(その代表が「聖人」であり「上古之人」である)。
*2:2009年2月の言葉で取り上げた。合わせて参照されたい。
*3:国の財政については、2009年5月の言葉(作戦篇「不尽知用兵之害者、則不能尽知用兵之利也」)で取り上げた。合わせて参照されたい。
*4:唐・杜牧注「象者、類也。言不可以他事比類而求(象は、類なり。言うこころは、他事を以て比類して求むべからず)」、宋・梅尭臣注「鬼神之情、可以筮卜知。形気之物、可以象類求。天地之理、可以度数験。唯敵之情、必由間者而後知也(鬼神の情、筮卜を以て知るべし。形気の物、象類を以て求むべし。天地の理、度数を以て験するべし。唯だ敵の情、必ず間者に由りて後に知るものなり)」。
*5:2009年10月の言葉(九地篇「禁祥去疑、至死無所之」)の注2を今そのまま引く。古くは『呂氏春秋』尽数に「今世上〔宋・黄震『黄氏日抄』巻五十六・十二紀作「尚」字〕卜筮祷祠、故疾病愈来。譬之若射者、射而不中、反修〔一作循〕于招〔一作的〕、何益於中。(今の世上、卜筮祷祠す、故に疾病愈いよ来たる。之れを譬えて射者、射りて中らず、反って招を修む〔反って的を循わしむ〕若し。何ぞ中つるに益せん。)」とあり、占いや祈祷を尊ぶは、まるで矢を射る者が、的を射ることができないのを的のせいにしているも同じで、疾病にはしかるべき治療を施すものだ、と揶揄している。医書では、『素問』五蔵別論や移精変気論、『霊枢』口問に、疾病の原因は、「鬼神(祟りや人知を越えた何か)」ではなく、必ず日々の生活にあり、したがって「祝由(まじない)」ではなく、湯液・鍼灸により治療せよ、といったことが述べられている。
*6:言うまでもなく、他人と自分は、同じではない。年齢、性別、置かれた環境などなど、なにもかもが異なる。人が違い、そして背景が違うのだから、たとえ似たような病を得ても、またそれが同一の病名であっても、それはもとより同じでない。
*7:2月の言葉では、引き続き間者の役割(どう敵情を探るか)について述べる。

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 日本鍼灸史学会 東京鍼の会 關西鍼の會

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